2016年11月14日

三つうさぎの謎


Three Hares

イングランドのデヴォン州というところにある教会堂には謎の文様が刻み込まれているという。それは…疾走する3羽のうさぎ。しかしその3羽は3枚の耳を共有しており、円の内周を永遠にぐるぐる廻りつづける…という図案。まずは下図をご覧頂きたい。

 これだ

これが中世の教会堂の天井などに飾られているのだ。イギリスの研究者ウェブサイト「THE THREE HARES PROJECT」を見るとデヴォンの他にもイギリス各地〜フランス〜ドイツにかけ点々と分布が見られるということだ。いくつかの都市の紋章にも採用されている(下図)。英語ではthree haresといい、仏語ではtrois lièvres、独語ではdreihasen、要するにどこでも「三つうさぎ」と称している。

どういうメッセージがあるのかはわからないが、まず名数3はキリスト教との関連を思わせる。また発想は三脚巴にも似ている(下図)。三脚巴は紀元前の地中海世界に端を発する図案で、今はマン島やシチリアの紋章として残っている。

しかし前述の研究者ウェブサイトによれば、three haresの淵源は敦煌石窟寺院に遡るというのだから驚きだ。調べると確かに「三兎飛天図」という壁画が確認できる。つまりこの文様は6~7世紀の中国で生まれ、シルクロードに乗り中世ヨーロッパへ流れ込み、果てはデヴォンで渦巻いているということだ。


 紋章にあらわれたthree haresと三脚巴


さて
このthree haresを私は先日思いがけず鹿児島で見つけたのだ。鹿児島市街から谷山へ行く道すがら、気まぐれに市電を降りた先に下図の紋章を掲げる商店があった。

 The three hares in Japan

先ほど見た図案は無限に駆けるうさぎだったが、日本のthree haresは静かに座っている。座ったまま ただただつながっている……途方に暮れているかもしれない。手もとの紋帳をひもとくと「三つうさぎ」の項に似たかたちのが載っているがもちろん耳はつながっていない。そもそも家紋には植物や器物の図案が多くなぜだか動物紋は数少ない。またいずれもこのように静かだ。

もし仮に…この図案のアイデアがヨーロッパからもたらされたものだとすると、敦煌から地球を一周して東アジアに帰ってきたことになる。こちらのお店は1926年創業の呉服店ということ、これが古くからの家紋だと新発見なのだが如何だろうか。


しかし九州には初めて見るような家紋がよくあるのだ。墓石や盆提灯に珍しい家紋が描かれているのをいくつか見た。歩くに如くはない。いつかデヴォンにも行ってみよう。


参考文献
・http://www.chrischapmanphotography.co.uk/hares/index.html

「THE THREE HARES PROJECT」2016年10月30日閲覧
・『図解いろは引標準紋帳』金園社、1961年


1番目のイラストレーションはデヴォン州サウスタウトンの聖アンドリュー教会にある木製装飾物の図案などを参考に描いた。木製装飾物の写真は先述のウェブサイト「THE THREE HARES PROJECT」や下記ウェブサイト等にて参照できる。
・http://www.thechurchhouse.org.uk/roofbossplan.html
「Church House South Tawton Dartmoor UK 15th Century granite and thatch village hall for Church Ales and other festivities」2016年11月14日閲覧
3番目4番目の写真は2016年8月23日筆者撮影。